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東京地方裁判所 平成7年(ワ)2482号 判決 1996年3月28日

原告

樋口安寿

ほか一名

被告

梅原正昭

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告樋口安寿に対し金一億〇二八七万三九二〇円及び原告樋口祐子に対し金七七万円並びにこれらに対する平成五年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告らは、各自、原告樋口安寿(以下「原告安寿」という。)に対し金一億九九八八万〇七〇三円及び原告樋口祐子(以下「原告祐子」という。)に対し金四五〇万円並びにこれらに対する平成五年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の負担及び仮執行宣言。

第二事案の概要

本件は、丁字路交差点を右折した普通乗用自動車と、その左方から直進してきた自動二輪車が出会い頭に衝突し、自動二輪車を運転していた中学三年生が傷害を負つたことから、右被害者及びその母親が、普通乗用自動車の運転手に対しては民法七〇九条に基づき、右普通乗用自動車の保有者に対しては自賠法三条に基づき、右傷害による人的損害の賠償を請求した事案である。

一  明らかに争いのない事実、証拠上明らかに認められる事実等

1  本件交通事故の発生(甲一、二九)

事故の日時 平成五年九月一九日午後三時二七分ころ

事故の場所 東京都江東区亀戸四丁目五二番一二号先の信号機により交通整理の行われていない丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)

関係車両 (一) 原告安寿が運転する自動二輪車(墨田区ち九二四三、以下「原告車」という。)

(二) 被告有限会社梅原硝子(以下「被告梅原硝子」という。)が所有し、被告梅原正昭(以下「被告正昭」という。)が運転する普通乗用自動車(足立五三ひ八九二七、以下「被告車」という。)

事故の態様 本件交差点を右折した被告車と、その左方から直進してきた原告車が出会い頭に衝突した。

2  責任原因(甲二五、二九)

(一) 被告梅原硝子

被告梅原硝子は、被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告正昭

被告正昭は、本件交差点を右折するに際して左方の安全を確認すべき注意義務を負つていたところ、これを怠つたため本件事故を発生させたものであるから、民法七〇条に基づき、本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

二  争点

本件の争点は、損害額及び原告らと被告らの過失割合(過失相殺)であり、当事者双方の主張は以下のとおりである。

1  損害額

(一) 原告らの主張

(1) 原告安寿の損害

<1> 治療関係費 二七万三四四四円

<2> 付添看護費 一三二万六〇〇〇円

一日六〇〇〇円、二二一日分。

<3> 入院雑費 三三万一五〇〇円

一日一五〇〇円、二二一日分。

<4> 通院交通費 四四万二〇〇〇円

原告祐子が付添看護をするための交通費。一日二〇〇〇円、二二一日分。

<5> 転医費用 一万九五七〇円

<6> 文書料 六〇〇円

<7> 家屋改造費 八六五万六四九〇円

<8> 車椅子代 二〇六万〇〇三六円

室内用及び室外用の二台の車椅子を、合計四六万九〇六九円で、四年に一度の割合で購入し、中間利息の控除としてライプニツツ係数を用いる。最初の二台分は、前記<1>の治療関係費の中に含まれているので算入しない。

<9> 車椅子段差解消機代 一四八万四三六三円

車椅子段差解消機三六万円を二台及び交換用エアバツク一六万円を、一〇年に一度の割合で購入し、中間利息の控除としてライプニツツ係数を用いる。なお、最初に取り付けられた二台の車椅子段差解消機代は、<7>の家屋改造費の中に含まれているので算入しない。

<10> 椅子式階段昇降機代 二六四万三一八六円

一台一六五万円を一〇年に一度の割合で購入し、中間利息の控除としてライプニツツ係数を用いる。なお、最初に取り付けられた椅子式階段昇降機代は、<7>の家屋改造費の中に含まれているので算入しない。

<11> 椅子式階段昇降機保守点検代 二六二万五九七四円

一〇年で一三八万円を要するから、一年当たりの保守点検代は一三万八〇〇〇円であり、中間利息の控除としてライプニツツ係数を用いる。

<12> 将来の雑費 一三八九万一〇二四円

一日二〇〇〇円、平均余命である七七歳までの六二年分。中間利息の控除としてライプニツツ係数を用いる。

<13> 将来の通院交通費 一九七万八九九五円

往復のタクシー代四〇〇〇円、二週間に一回で一年間に二六回、七七歳までの六二年分。中間利息の控除としてライプニツツ係数を用いる。

<14> 将来の介護費 七八三四万四二九六円

原告祐子が六〇歳になるまでは一日六〇〇〇円、その後は、職業付添人費用として一日一万七六一六円とし、中間利息の控除としてライプニツツ係数を用いる。

<15> 傷害慰謝料 三三〇万円

<16> 後遺症慰謝料 三一〇〇万円

<17> 後遺症逸失利益 一億〇二六三万九八三〇円

平成六年度賃金センサス男子産業計、企業規模計、学歴計全年齢平均年収五五七万二八〇〇円、六七歳までの五二年分、労働能力喪失率一〇〇パーセント。中間利息の控除につき、五二年のライプニツツ係数を用いる。

<18> 損益相殺(自賠責保険金の支払) 三〇七八万二六〇〇円

<19> 弁護士費用 二二〇二万円

<20> 合計 二億四二二五万四七〇八円

(2) 原告祐子の損害

<1> 慰謝料 四〇〇万円

<2> 弁護士費用 五〇万円

<3> 合計 四五〇万円

原告安寿は、被告らに対し、右(1)の損害の合計二億四二二五万四七〇八円のうち、その一部である一億九九八八万〇七〇三円の支払を求め、原告祐子は、被告らに対し、四五〇万円の支払を求める。

(二) 被告らの主張

(1) 原告安寿の損害

<1> 治療関係費 三二一万四七七六円

<2> 付添看護費 八一万五〇〇〇円

一日五〇〇〇円、一六三日分。

<3> 入院雑費 二一万一九〇〇円

一日一三〇〇円、一六三日分。

<4> 通院交通費 なし

<5> 転医費用 一万九五七〇円

<6> 文書料 六〇〇円

<7> 家屋の改造費 六四〇万円

<8> 車椅子代 なし

後遺症慰謝料にて評価済みである。

<9> 車椅子段差解消機代 なし

後遺症慰謝料にて評価済みである。

<10> 椅子式階段昇降機代 なし

後遺症慰謝料にて評価済みである。

<11> 椅子式階段昇降機保守点検代 なし

後遺症慰謝料にて評価済みである。

<12> 将来の雑費 五五四万二二一八円

一日八〇〇円、平均余命七六歳までの六一年分。中間利息の控除につき、六一年のライプニツツ係数を用いる。

<13> 将来の介護 二四二四万七二〇五円

一日三五〇〇円、平均余命七六歳までの六一年分。中間利息の控除につき、六一年のライプニツツ係数を用いる。

<14> 傷害慰謝料 二〇〇万円

<15> 後遺症慰謝料 二六〇〇万円

<16> 後遺症逸失利益 六八九一万九二五六円

年収は中卒全年齢平均四七七万三〇〇〇円、労働能力喪失率九二パーセント、六七歳までの五二年分。中間利息の控除につき、五二年のライプニツツ係数から三年のライプニツツ係数を控除した数を用いる。

<17> 損益相殺 三三八五万九六六九円

自賠責保険金三〇七八万二六〇〇円のほか、三〇七万七〇六九円の既払金がある。

<18> 弁護士費用 なし

(2) 原告祐子の損害 なし

<1> 慰謝料 なし

<2> 弁護士費用 なし

2  過失割合

(一) 原告らの主張

被告車の走行していた道路には、本件交差点の手前において、一時停止の規制があるが、被告正昭が一時停止をしたかどうかは極めて不分明であるうえ、被告正昭は本件交差点の左方を全く見ていない。原告安寿が無免許であつたことは、本件事故の態様からみて過失相殺の対象とされる理由はなく、また、同原告は、本件事故時に一方通行を逆行していたわけではない。被告らは、原告安寿が相当の高速であつたと主張するが、それは単なる憶測にすぎず、むしろ原告が本件事故現場の手前の地点でいつたん停止していること、また原告車が八〇CCで、かなり古いものであつたことからしても、さほどの速度は出ていなかつたと思われる。以上からすれば、本件事故における双方の過失割合は、一方に一時停止の規制がある、交通整理の行われていない交差点における、右折車と直進車の事故における基本的な過失割合である、右折車九割、直進車一割よりも、むしろ原告安寿に有利に斟酌すべきである。

(二) 被告らの主張

被告車は、本件交差点において、一時停止の規制にしたがつて停止し、左方の安全を確認したが、右方の自転車に気をとられ、左方の確認が不十分のまま徐行しながら右折を開始した。原告安寿は、無免許であつたにもかかわらず、友人の自動二輪車を運転して、区立第二亀戸中学校前の一方通行路を逆行していたところ、パトカーから停止を命ぜられたがこれを無視して逃走し、右中学校の角を右折して、さらに一方通行路を逆行しつづけ、一方通行路ではなくなつた本件事故現場にさしかかつた。一方に一時停止の規制がある、交通整理の行われていない交差点における、右折車と直進車の事故における基本的な過失割合は、右折車九割、直進車一割であるが、本件における右のような事情からすれば、直進車である原告安寿が本件交差点においても減速しなかつたこと、逃走中であつたことから相当のスピードで走行していたと思われること、無免許であつたことから、同原告にさらに三割の過失を加算すべきであり、他方、被告正昭は一時停止していることから一割の過失を減算すべきである。以上からすると、原告安寿と被告正昭の過失割合は、原告安寿が五割、被告正昭が五割とするのが相当である。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  原告安寿の症状等

(一) 前記争いのない事実及び証拠(甲二ないし七、三七ないし三九、四一、四三、原告祐子、原告安寿、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

原告安寿は、本件事故により、頸椎脱臼骨折、頸髄損傷の傷害を負い、本件事故当日である平成五年九月一九日から同年一一月一八日まで東京大学医学部附属病院整形外科に入院して治療を受けた。同原告には、受傷直後から、乳頭部以下の知覚消失、両下肢完全麻痺の障害が認められ、同年九月二七日及び同年一〇月一五日に手術を受けたが、術後も麻痺レベルに変化は認められなかつた。同原告は、平成五年一一月一八日、東京都リハビリテーシヨン病院に転院し、平成六年四月二七日に同病院を退院するまで、自己導尿、車椅子での自立を可能とする等の目的で、リハビリ治療を受けた。同原告の症状は、平成六年二月二八日に固定し、胸髄以下の完全麻痺、頸髄以下の不全麻痺、直腸膀胱障害、手の痺れ等の後遺障害が残つた。本件事故後、同原告は歩行不能となり、その歩行には車椅子が必要となつた。同原告は、入浴、着替え、ベツドの柵につかまつての寝返り等は自ら行つているが、片手は常に体を支えるのに必要であることから、両手を同時に持ち上げることができないほか、突発的に足がけいれんのように震える痙性という症状があり、また、排尿排便についても、感覚がないために、夜間失禁することがある。原告安寿は、本件事故後、原告祐子が始めた焼鳥屋で、肉を串に刺したり焼いたりする等して、原告を祐子を手伝つているが、そのような手伝いができるのは母である原告祐子が経営する焼鳥屋だからであり、他の一般の焼鳥屋での就労は不可能であり、原告安寿の手伝いは、焼鳥屋の収益になるというよりはむしろ、同原告の生きがいとして、収益は度外視してされているものである。

右認定事実からすれば、同原告安寿の労働能力は、本件事故により、一〇〇パーセント喪失したものと認められる。

(二) 原告安寿は、昭和五三年五月一七日生まれの男子で、本件事故当時は中学三年生であり、右症状固定等の年齢は一五歳であつた。原告祐子は、昭和二三年一〇月一四日生まれである。

2  原告安寿の損害

(一) 治療関係費 二七万三四四四円

当事者間に争いがない(健康保険の求償分二九四万一三三二円は除く。甲三六。)

(二) 付添看護費 一一〇万五〇〇〇円

原告安寿が本件交通事故による受傷のため入院していた期間は、平成五年九月一九日から平成六年四月二七日までの、二二一日間であり、その間同原告は、前記1記載のとおり常時付添いを必要とする状態であり、かつ原告祐子本人によれば、同原告が、毎日原告安寿に付添い看護をしたことが認められる。近親者の付添費は一日五〇〇〇円とするのが相当であるから、付添日数二二一日を乗じると、右金額となる。

(三) 入院雑費 二八万七三〇〇円

原告安寿の入院期間は、平成五年九月一九日から平成六年四月二七日までの二二一日間であるところ、入院雑費は一日当り一三〇〇円とするのが相当であるから、入院期間二二一日に一日当り入院雑費一三〇〇円を乗じると、右金額となる。

(四) 通院交通費 二六万五二〇〇円

原告祐子によれば、原告安寿の入院中、原告祐子は原告安寿を看護するため毎日車で通院したこと、原告祐子は高速道路を使つていたが、高速料金は片道六〇〇円であつたこと等からすると、原告祐子は少なくとも一日当たり一二〇〇円を支出したことが認められるから、原告安寿の入院期間二二一日に、一日当たりの通院交通費一二〇〇円を乗じると、右金額となる。

(五) 転医費用 一万九五七〇円

当事者間に争いがない。

(六) 文書料 六〇〇円

当事者間に争いがない。

(七) 家屋改造費 七七八万一五九八円

前記1のとおり、原告安寿は車椅子で生活しているところ、甲一二ないし一七及び原告祐子によれば、原告らの自宅を車椅子での生活が可能であるようにするため、原告らは、その玄関を引違い戸として車椅子での出入りが可能となるようにし、便所、浴室及び居室を車椅子での使用が可能となるようにし、二階への階段を椅子に乗つて昇降できるように階段昇降機を、屋内の段差を解消するための段差解消機を、それぞれ設置するなどして自宅の改造を行つたこと、右改造工事は、原告安寿がリハビリ治療を受けていた医師から紹介された業者に依頼し、右業者の進言と、右医師が原告らの自宅を見たうえでした助言に基づいて行われたこと、原告らは、修理業者に対し、公費負担分とは別に、右家屋改造費として七七八万一五九八円を支払つたことが認められる。以上からすれば、家屋改造費としては、右七七八万一五九八円を認めるのが相当である。

この点につき被告らは、六四〇万円とするのが相当であると主張し、乙一六、一七はこれに沿う。確かに、右改造費用の中には、若干のグレードアツプ部分がないわけではないが、それらは本件改造工事を施工するに付随してなされるものであつて、許容範囲内のものと認められること、また、二階窓のサツシの交換や壁クロス貼りなど、純粋には車椅子による生活のための改造とは直接係わらない工事費用もあるが、車椅子生活のための改良部とのバランスの関係から、止むを得ない面があること等からすれば、原告らが支払つた右金額をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

(八) 車椅子代 二〇五万九八二二円

原告安寿は、前記1記載のとおり車椅子で生活しているところ、甲七ないし一一(枝番も含む。)によれば、原告安寿には屋内用及び屋外用の二台の車椅子が必要であり、その代金額は、二台分の合計で四六万九〇六九円であることが認められる。車椅子の耐用年数は四年とするのが相当であり、原告安寿の症状固定時における平均余命は約六二年であるから、症状固定時から平均余命まで、四年に一度、二台ずつ購入するとして、中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

46万9069円×4.3913=205万9822円

(九) 車椅子段差解消機代 一四八万四一三六円

原告安寿の車椅子での生活を可能にするためには、原告らの自宅内の段差を解消する必要があると認められるところ、甲一三、一七、一八及び弁論の全趣旨によれば、原告らの自宅ではこれが二台必要であり、その価格は一台につき三六万円であること、その耐用年数は一〇年であること、右段差解消機にはエアーバツグが必要であること、最初に設置した段差解消機二台分は家屋改造費に含まれているが、エアーバツグ代は含まれていないこと、エアーバツグは一台につき二万円であり、その耐用年数は二年であることが認められる。症状固定時から平均余命まで、一〇年に一度、段差解消機を二台ずつの割合で購入し、エアーバツグ代として一〇年に一度一六万円を支出するとして、その費用につき年五パーセントの中間利息の控除をライプニツツ法により計算し、当初の一〇年分のエアーバツグ代も加算すると、右金額となる。

16万円+88万円×1.5047=148万4136円

(一〇) 椅子式階段昇降機代 二四八万二七五五円

原告安寿の車椅子での生活を可能にするためには、二階への椅子式階段昇降機が必要であると認められるところ、甲一三、一九によれば、その費用は一六五万円であることが認められる。症状固定時から平均余命まで、一〇年に一台の割合で購入するとして、その費用につき年五パーセントの中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

165万円×1.5047=248万2755円

(一一) 椅子式階段昇降機保守点検代 二六二万五九七四円

甲二〇によれば、椅子式階段昇降機については年六回にわたり保守点検をすることが必要であること、六〇回、一〇年分の右費用は一三八万円であることが認められるから、症状固定時から平均余命まで、毎年一三万八〇〇〇円を支払うとして、その費用につき年五パーセントの中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

13万8000円×19.0288=262万5974円

(一二) 将来の雑費 六九四万五五一二円

甲三七、三八、原告祐子及び原告安寿によれば、原告安寿の生活にはバルーン、カテーテル、ウエツトテイツシユ等が必要であることが認められるところ、右雑費として一日当たり一〇〇〇円を認めるのが相当である。その費用につき、症状固定時から平均余命まで、年五パーセントの中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

1000円×365日×19.0288=6945512円

(一三) 将来の通院交通費 一九七万八九九五円

甲四〇の1、2、四一、原告安寿によれば、同原告は、平成六年四月二七日に退院した後も、当初は一週間に一度、現在は二週間に一度の割合で、医師の診察を受け、薬をもらうために通院していること、通院にはタクシーを利用しているが、その往復の運賃は平均して一往復当たり四〇〇〇円であること、同原告の症状からして今後も将来にわたり通院することが必要であると認められる。症状固定時から平均余命まで、二週間に一度の割合で、すなわち一年にすると三六五日を一四日で除した二六回通院するものとし、その費用を一回四〇〇〇円として、年五パーセントの中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

4000円×26×19.0288=197万8995円

(一四) 将来介護費 三五八二万三六五五円

原告安寿は、前記1記載のとおり将来も部分的に介護を必要とする状態であるところ、同原告の介護に必要な労務からすれば、原告祐子は、六七歳までの二二年間は原告安寿の介護をすることができるが、その後の四〇年間は職業付添人の介護を要するものというべきである。原告安寿の症状からすると、原告祐子の付添費としては一日三〇〇〇円を、職業付添人の費用としては、一日一万円を認めるのが相当である。その費用につき、中間利息の控除につきライプニツツ係数を用いて計算すると、次の各金額となり、これを合算すると右金額となる。

(1) 原告祐子による介護 一四四一万三四八五円

3000円×365日×13.1630=1441万3485

<2> 職業付添人による介護 二一四一万〇一七〇円

1万円×365日×(19.0288-13.1630)=2141万0170円

(一五) 後遺症逸失利益 八九八〇万四三二六円

前記1記載のとおり、原告安寿は、症状固定日から六七歳に達するまでの五二間を通じて、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したと認められ。

原告安寿は中卒の男子であり、本件事故に遭わなければ、中学校を卒業してから六七歳に達するまで五二間、少なくとも賃金センサス平成五年第一巻第一表・男子労働者・新中卒・全年齢平均の年収額を得ることができたものと推認される。右年収額を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して、五二年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、右金額となる。

487万5900円×18.4180=8980万4326円

(一六) 傷害慰謝料 二〇〇万円

原告安寿の症状固定日までの入院日数は一六三日であるところ、右期間の入院慰謝料としては二〇〇万円を認めるのが相当である。

(一七) 後遺症慰謝料 二六〇〇万円

原告安寿の1記載の後遺障害の程度からして、同人の右後遺障害に対する慰謝料としては二六〇〇万円を認めるのが相当である。

(一八) 小計

(一)ないし(一七)の損害額の合計は、一億八〇九三万七八八七円となる。

3  原告祐子の損害

原告安寿1記載の傷害の程度からして、原告祐子は、同安寿の死亡に比肩しうる精神的苦痛を被つたと認められ、右各苦痛に対する慰謝料としては一〇〇万円を認めるのが相当である。

二  過失割合(過失相殺)

1  前記争いのない事実等及び証拠(甲二四ないし二七、三一、三五、乙一ないし一五、原告安寿)によれば、次の事実が認められる。

本件交差点は、北十間川と亀戸水神駅とを結ぶ、東部亀戸線沿いの南北に走る道路と、これに蔵前橋通り方面(西方)から突き当たる道路が交わる丁字路交差点であり、信号機による交通整理は行われていない。南北に走る通りは、本件交差点よりも北側の車道の幅員は四・七メートルであり、その西側に一・二メートルの路側帯がある。本件交差点よりも南側は、車道の幅員が五・六メートルとなつている。右道路は相互通行であるが、本件交差点から三〇メートル北方に進むと、北向きの一方通行となる。本件交差点に西方から突き当たる道路は、車道の幅員が四・二メートルあり、その北側には一・五メートルの路側帯がある。右道路は、東向きの一方通行あり、南北に走る道路と交わる南西角から四・四メートル手前に一時停止の停止線が引かれ、右停止線の手前の道路中央にとまれとペイントされているほか、一時停止の標識も設置されている。いずれの道路も、制限速度は時速四〇キロメートルであり、舗装され、平坦である。蔵前橋通り方面から本件交差点に突き当たる道路を走行する車両から見れば、本件交差点の左右両側に建物があり、かつ、停止線の引かれている位置が交差道路よりも四・四メートル程度手前であるため、停止線の引かれている位置からの左右の見通しは悪く、交差道路を走行してくる車両を認識するのが困難な状況にある。南北に走る道路を走行する車両の前方の見通しは良いが、蔵前橋通り方面からの交差道路からの見通しは、建物があるために悪い状況にある。本件事故当時は、交通は閑散であり、天候は曇りで、路面は乾燥していた。

原告安寿は、無免許であつたが、友人の八〇CCの自動二輪車を運転し、北十間川沿いの区立第二亀戸中学校の北側の西向きの一方通行路を、自らが逆行しているとは知らずに走行していたところ、前方から来たパトカーに停止するように求められたが、無免許が発覚するのを恐れ、停止するそぶりを見せてパトカーとすれ違い、東部亀戸線沿いの南北に走る道路に右折して逃走した。右道路は北向きの一方通行であつたため、同原告はさらに逆行して走行したが、右道路は本件交差点手前の三〇メートルの地点から相互通行となつた。同原告が本件交差点にさしかかつたとき、蔵前橋通り方面から、被告車が本件交差点に進入してくるのが見え、同原告はこのままではぶつかつてしまうと思い、力いつぱいブレーキをかけ、左にハンドルを切つたが、間に合わず、別紙現場見取図(以下「本件現場見取図」という。)記載<×>の地点で被告車に衝突した。

被告正昭は、助手席に訴外西上紀子を乗せて被告車両を運転し、同人と共に夢の島公園に行く途中、蔵前橋通り方面から本件交差点に向つて走行してきた。同被告は、本件交差点手前に一時停止の規制があつたため、本件現場見取図記載<1>の地点で減速し、同図記載<2>の地点で一旦停止し、左方を見て何も来る様子がなかつたので発進し、右方を見ながら時速約五キロメートルで右折を開始し、同図記載<3>の地点で、同図記載<甲>の地点にいる自転車に気づき、その自転車に注目しながらその自転車が本件交差点に進入する前に右折を終了しようと急いだところ、同図記載<×>の地点で、同車の左前部バンパー下部付近と原告車が衝突した。被告正昭は、同図記載<5>の地点で、事故の相手が自動二輪車であることを確認し、同図記載<6>の地点で一旦被告車を停止させた後、交通の妨害になるのを避けるため、同図記載<7>の地点まで被告車を移動して停止した。本件事故現場には、原告車によつて印象された一五・九メートルの擦過痕が残されていたが、被告車によるスリツプ痕はなかつた。

2  前記争いのない事実等及び右認定事実によれば、被告正昭は、一時停止の規制にしたがつて一時停止をし、左方から何も来る様子がなかつたので右方をみながら右折を開始したが、右停止線の位置からは、左角の建物の存在により左方の見通しが相当悪く、左方の安全は、停止線で停止した後前進するに当たつてさらに確認しなければならないにもかかわらず、右方の自転車に気をとられ、自転車が本件交差点に進入する前に右折を終えようと急いだため、停止線の位置で左方を見た後は、何ら左方の安全を確認することなく右折しようとしたものと認められる。そうすると、一時停止の規制のある道路とそうでない道路とが交差する場合には一時停止の規制のない道路を走行する車両が優先し、一時停止の規制のある道路を走行する車両は、右規制のない道路を走行する車両の進行を妨害してはならないとされているうえ、直進車両と右折車両の関係では直進車両が優先するとされているから、一時停止の規制のある道路から右規制のない道路へ右折しようとする車両の運転者は、右折するに際し、優先道路を直進してくる対向車両の動静を十分に確認し、その進行を妨げてはならない注意義務があるにもかかわらず、被告正昭はこれを怠り、交差道路の車両の有無が十分に確認できない停止線の位置で、左方からの車両の有無を見たのみで、これがないものと軽信し、左方から直進してくる車両の有無をその後全く確認することなく右折を開始した過失があつたものというべきである。

他方、原告安寿は、一方通行路を逆行していたところパトカーに発見され、停止を求められたが無免許であつたためこれを無視して逃走中であつたのであり、本件交差点のような見通しの悪い丁字路交差点においても減速することなく走行していたものと認められる。そして、右経緯に加えて、同原告が、事故後約三カ月後になされた警察官の取調べに対し、時速四〇キロメートルから五〇キロメートルで走行したと述べていること(甲一七により認める。)からしても、原告車は本件事故当時、制限速度四〇キロメートルを越える速度違反があつたものと推認される。また、原告車は、本件事故現場においては一方通行路を逆行していたものではないが、それ以前は逆行していたのであり、本件事故現場付近の道路地図(乙七に添付の地図)によれば、本件交差点に原告の進行してきた方面から車両が進行してくることは想定しにくい構造となつていることが認められる。

そのこで、両者の基本的な優先関係に、右のような双方の事情を総合して考慮すると、原告安寿と被告正昭との過失割合は、前者が三割、後者が七割であるとするのが相当である。

三  過失相殺及び填補

前記認定のとおり、原告安寿の過失三割であるから、それぞれ過失相殺し(なお、原告祐子についても被害者側の過失として斟酌する。)、三〇七八万二六〇〇円の填補額を原告安寿の損害額から控除すると、その損害額は原告安寿については九五八万三九二〇円、原告祐子については七〇万円となる。被告は、三〇七万七〇六九円の弁済を主張するところ、甲三六及び弁論の全趣旨によれば、うち二九四万一三三二円は国民健康保険への求償金の支払であつて、原告らが本件で請求していないものに充てられていて、その主張に理由がなく(なお、右求償金は、原告安寿の過失割合も加味して請求されるのが通例であるから、総損害への組み入れは問題とならない。)、右求償金の支払以外については、証拠がない。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経緯及び右認定額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告安寿に七〇〇万円を、原告祐子に七万円を認めるのが相当である。

五  以上によれば、原告らの本件請求は、原告安寿に対し一億〇二八七万三九二〇円、同祐子に対し七七万円並びにこれらに対する本件事故の日である平成五年九月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 竹内純一 波多江久美子)

別紙 現場見取図

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